-新ver-


色鮮やかな電球が、寒い街を少しでも温めるかのように、優しく煌めいている。
人々は身を寄せ合い、恋人達にだけ赦された、甘い時間の訪れを感じていた。そんな中、


「さ、寒い」


ただ一人凍えながら歩く少年がいた。

「もっと着てくんだった…」

逃げるように家を出た為、選んでいる暇などなかった。それにここ数日でいきなり寒くなった。

(苑怒ってるかな)

そんなこともないだろうが、心配になる。苑一人に押し付けたのは一度ではない。
でも面倒なのは面倒だ。新はたらたらと歩いていると、



「珍し〜一人?相方はデートで振られたか?」


ものすごく嫌な声が聞こえた。幻聴だ。反射的に逃げようとすると、襟首を捕まれ引っ張られた。

「っっ…なにすんだよ!苦しいだろ」

離せと暴れる新を押さえ付けながら、面白そうに

「逃げようとするからでしょ。一人寂しく歩いてるから、声かけてやってるのに」

「寂しくも、振られてもない!お前だって一人だろ。さては自分の事言ったんじゃないの」

言い返す新に、笑みを消さず

「オレはこれからデートなの。ちょっと早く来過ぎてね」

暇潰し。と言った。嘘ではないだろう。楽な恰好に見えるが、良い所の物だろう。
それが無理なく似合っている。言いたくはないが格好いい。そしてなにより


(暖かそう…)


「うわ。相手があんたなんて女の子かわいそう」

止めておけばいいものを、つい悪態をとる。逃げられなくなるだけなのに、だ。

「ま、子供にはオレの魅力はわかんないだろうね」

「子供じゃねえ!」

「デートする相手もいないんじゃ、まだまだガキだろ」

「デート出来れば誰だっていいわけじゃねえ」

「ま、確かに。正論だな」


あっさりと認める。それが今日の相手が、そうであるかのように聞こえて
新は余計腹が立った。


「お前みたいなやつ振られてしまえ!」


負け犬の遠吠えに、シギは声をたてて笑った。唸っていた新はそんな彼を、
遠くから見ている女性に気付いた。モデル並のスタイルに綺麗な服。
ただ表情だけが険しく、哀しそうだった。


「なんだ?」


新の視線の先に気付き、シギは面倒そうに息を吐いた後

「本当に振られるかもね〜そうしたら責任取れよ」

と、彼女の方に近づいていった。新の方からは話の内容まで聞き取れなかったが、
恋人同士の会話を楽しんでいるのではないことだけはわかった。
彼女の方は仕切にこちらを気にしているようだ。

(聞こえてないから安心して下さい)

新は心の中で呟く。暫くすると彼女は、理解出来ないといった風に首を振り、去っていった。
シギはというと、先程と変わらない様子で戻ってくる。


「お望み通り、振られたよ」


落胆した様子もなく告げる。

「追い掛けなくていいのかよ!」

「どうして?」

「こういう時はは追って欲しいんじゃないのかよ」

「彼女は望んでないでしょ。それに…」

シギは新を眺めながら、目を細めた。

「なんだよ」

「聞きたい?」

「いや、別…」

新が否定する前にシギは


「子供といる方が楽しそうだとさ」


と、笑いを含ませながら言った。

「子供って俺か?!」

「他にいないでしょ」

からかいながらシギは、新が怒鳴る前に言葉を続けた。


「じゃあ、約束通り責任取って貰おうか」

「約束なんてしてないだろ」

「誰のお陰で振られたと?」

「お前のせいだろ!!」

「あんまりうるさいと、最後まで付き合わせるよ」

最後ってなんだ!怖くて聞き返せず、新は口をつぐむ。
それを了承と得たのかシギは先にたち歩き出した。










(…苑だ)



思わず足を止める。何度か感じ取ったが、どうやら探しているらしい。

(気付いてない、俺は気付いてない)

念じていると訝しげに声をかけられた、


「何やってんの」

「なんでもない。それよりどこまで行くんだよ」

「どうしようかね」

「適当に歩いてたのかよ」

「そういう訳でもないんだけどね」


再び歩き出そうとした瞬間、どこからか犬の叫び声が聞こえて来た。
弱々しいその様子に、新は声のした方向に駆け出した。


「何してんだよ!!」


そこには数人の少年達と、弱った犬の姿があった。明らかに少年達がやったのだろう。
犬の体はボロボロで、後ろ足が違う方向に曲がっていた。


「なんだてめぇ」

「一人で意気がってんじゃねーよ」


少年達は臆した様子もなく向かってくる。相手は多数だ。でも許せる事じゃない。


「離してやれ」

「嫌だね。俺達はこの町の掃除をしてやってるんだぜ」

「そうそう。こんな薄汚い犬がうろついちゃ迷惑だろ」

「お前ら…」


堪えきれず殴り掛かろうとした瞬間、相手の体が宙に浮いた。


「確かにね」


手をヒラヒラさせながらシギが言った。どうやらシギが殴り飛ばしたらしい。手加減した様子はなかった。

「やりすぎじゃあ…」

「町内美化。自分たちで言ってたでしょ」

「大人げねー」

思わず吹き出す。少年達は、完全に延びている少年を抱き起こすと一目散に逃げ出した。
勝てないとわかったのだろう。流石というか、捨て台詞を言うのは忘れてはいなかった。

「あ、待ちやがれ!」

追おうとする新をシギは止めると

「先にこっちだろ」

と犬の方に近寄る。犬は立ち上がる元気もないのか、伏せたまま動かなかった。


「可哀相に」


新は上着を脱ぐと、犬を包み抱え上げた。シギはどこかに携帯をかけたかと思うと、
新を手招きし、言った。


「連絡とれたから行くよ」












新は白い待ち合い室に座っていた。奥からは色々な動物の鳴き声が聞こえる。
シギは獣医らしき女性と奥に消え、未だ戻らなかった。遅い…
大人しく待ってろと中に入れてもらえなかった。待ってられず、
部屋の中をうろうろし始めると


「落ち着きないな〜」


まだ、子供だね。と声がした。振り返ると、いつの間にいたのか、カウンターの上に女の子が座っていた。


「君はヒタキの方だね」

「な、なんで」


その名前を知っているのか、女性は答えず無遠慮に新をジロジロと見た。


「実物はもっと子供だね。趣味変わった?」


と、新の後ろに問い掛ける。さあね。と軽い返事があった。いつ出てきたのか、
女医さんと一緒に扉の所に立っていた。

「確かに変わったな」

女医が肯定する。

「君、あの子は大丈夫だから安心しなさい」

「あ、ありがとうございます」

嬉しそうな新を眺めながら

「子供に手を出すのは犯罪だぞ」

と女医は言った。

「まだ出してないけど」

「出す気なんだ〜」


「出されてたまるか!」


こんな奴にと怒ると、二人は口を揃えて言った。

「…まだ子供だな」

「シギも大変〜」

今日何度子供扱いされただろう、悲しくなってきた。

「君、落ち込むな」

「そのうち良さがわかってくるって」

励まされる。別に解りたくもないと言いたかったが、無駄に長引かせるだけなので黙っていた。







それより


「つーか、なんで俺の事とか知ってんの」


先程からの疑問をぶつける。シギとも知り合いらしいのも気になる。


「君は有名だからね」

「期待の新鋭ってだけじゃないよ。No.1のお気に入り。珍しいからみ〜んな情報を集めようとしてる」

「彼女達は“爪”だよ」


優秀な、と付け加える。そんな所に連れて来てよかったのかと思ったが、
彼女達はどうやら個人的に手伝っているらしい。どういう関係なのだろう。
聞こうとして止めた。呆れるのは目にみえている。


「で、あの子なんだが」

「治療の間中ずっと、どこか行こうとしていたよ」

なんでか分かるかい?と聞かれる。

「正確には私達を連れて行こうとした、かな」

「宝物でも埋まってるのかもよ〜」

まさか。と呟く、でもボロボロになってまで、どこに行こうというのか。
新は気になってしょうがなかった。


「俺、行ってみる」

「今は動かさない方がいいよ」


やんわりと止められる。怪我をする前から大分疲労していたらしい。折れた足で、
随分遠くから来たようだと言った。


「どこに行くかは分からないけど、どこから来たのかはわかるよ〜」

と、一枚のメモを差し出した。そこには住所が書かれていた。歩いて行くには遠い。

「なんで。どうやって。すげー、ありがとう」

大袈裟なくらい驚く新に、プロだからね、と答える。
自分の力を誇りにする、自信のようなものがそこにはあった。


「じゃあ。行こうかな」

ありがとな、と彼女達に告げるシギに驚く。

「なんであんたまで来るんだよ」

「子供一人に任せられないでしょ」

メモを奪うと先に歩き出した。いらないと言う新に、冷やかしを込めて付け加えた。



「さあ、デートの続きをしようか」











住所の場所には、武家屋敷のような大きな日本家屋があった。

「…物々しい雰囲気だな」

二人は中まで見れるよう、離れた家の屋根にいた。シギがいてくれてよかったかもしれない。
ここまで連れてきたのもシギなら偵察場所を提案したのもシギだった。


(あんま金持ってなかったからな…)


シギは当然の様に自分でだしエスコートした。




「…サンキューな」





新の言葉に不思議そうな顔をすると





「子供に風邪ひかすわけにはいかないだろ」




と笑った。怒ろうかと思ったが、シギのジャケットを奪っている身としては何もいえない。






大人しく屋敷に目を戻すと、屋内が騒がしくなった所だった。居間らしき所に人が集まってくる。
皆怖い顔をし、電話を見つめていた。テレビドラマでよく見る風景だ。


「これって誘拐?」

「だろうね」


どうみても堅気にはみえない人達が出入りしている。警察。どうやら通報してあるらしい。

「なんか大丈夫そうじゃない?」

「日本の警察なんてあてにならない。それに」

シギは一点を見つめながら言った。



「相手は素人じゃないみたいだ」



視線の先には屋形を見つめる男がいた。入口や監視カメラからちょうど死角になる位置だ。
男が動くと、シギは手だけで後を追うと告げた。



屋敷からさほど離れていない場所に、そのあばら家はあった。今にも崩れ落ちそうな家だ。
男は中に姿を消していた。


「中には子供をいれて五人裏口はなし。窓も打ち付けられてるな」

中を視て新が言った。


「どうするんだ?」


二人なら五人くらいたいした事ないだろうが、人質に危険が及んだら困る。
シギは思案した後唐突に言った。


「お前捕まってこい」


「なんだそれ!」


わざわざ捕まる馬鹿がどこにいる。騒ぎ出しそうな新を押し止めながら、

「作戦だよ。人質を確保出来れば、たいして難しい状況じゃないだろ」

一人くらいのしてもいいからという。

「確かに…」

納得する。でもなぜ自分で行かないのか、と気付く前にあばら家の前に押しやられていた。
新は覚悟を決めてドアを叩いた。



「すいませーん。」



ドンドンと大きな音を立てる。音がする度みしみしと家が揺れる。しばらくすると男が中から出て来た。


「なんだ」


屋敷を伺っていた男ではない。明らかにやばそうな体をしている。
聞いてないと思いつつ、気楽な感じに言った。


「ここに子供がいるでしょ。返してもらうよ」


男は新の言葉にギョッとしたが、すぐに汚い顔を歪めながら言った。

「ああいるよ。俺の目の前にも一人な」

言いながら手を延ばす。新は避けると思い切り顎を蹴り上げた。

「…このガキ」

男は頭を振ると、今度は新を捕まえた。全然効いていない。体ごと押さえられ中へ連れ込まれる。


「うわっ」


ほうり出されると積もった埃が舞い上がった。思わずくしゃみがでる。
こんな所にいたら一日で肺がおかしくなりそうだ。新は起き上がると人質を確認した。



「何者だ」

「さあ。ですかガキの事知っていました」

偉そうな男に顔を掴まれる。その腕には包帯が巻かれていた。

「子供じゃないか。どうしてここがわかった」

誰に言われて来た!と男は問い詰める。

「ジョンだよ!ジョンが連れて来たんだ」

青白い顔をした少年は、顔を上げるとそう叫んだ。

あいつジョンていうのか、普通の名前だ。新は何を期待していたのか少しがっかりした。


「まさか。あの怪我ではもうどこかで野垂れ死にしてるよ」

「嘘だ」

「私に噛み付いた報いだ。まあ生きてても助けにこないさ」


逃げたに決まっていると、男は言った。

「あの傷はお前がやったのか…」

新は立ち上がると男を睨み付けた。少年を背中に庇うことも忘れない。


「残念ながらあいつは助けに来たよ」


体は来れなくても心は来た。俺達がここにいる。
男は後ずさると、後ろで重いものを落としたような音を聞き振り返った。


「なんだ」


そこにはどこから出したのかマフラーで顔を隠したシギがいた。


(ズリィ)


男が気をとられているうちに、近くの男を蹴り飛ばす。昏倒したのを確認すると、素早く少年を立ち上がらせた。

「どうする?」

気付けば部屋の中には男一人になっていた。

「観念したら?」

そう言うと男の顔が奇妙に歪んだ。男の視線の先はシギの後ろ



「危ない!」



新が叫ぶより一瞬早くシギは横に跳んだ。シギのいた辺りに銃弾が突き刺さる。


「形勢逆転ですね」


どこにいたのか新たな男が銃口を向け現れた。外で見張っていたのだろう。
伏兵に気付かないなんて…甘かったと思った。シギは態勢を立て直してはいたが、
目の前には銃口が突き付けられていた。


「それではさようなら」


引き金をひこうとした瞬間黒い影が飛び込んで来た。影はシギの目の前の男に襲い掛かると、
思い切り腕に噛り付いた。


「ジョン!」


このチャンスを逃す訳にはいかない。新は銃を使えなくすると、男を投げ飛ばした。
シギは慌てる男に近付くと、首を打ち軽く昏倒させた。

「ジョン!」

少年は抱き着くと、気遣わしげに体を撫でてやる。そんな様子を横目に新達はその場を後にした。







「いつの間に警察呼んだんだ」

遠くからあばら家を眺めながら新は聞いた。

「ジョンを連れて来て貰ったついでに頼んだ」

いいタイミングだったろ?とシギは言った。全部わかってたのか、
何も言わないが新にはどうでもよかった。誘拐犯の一味は捕らえられた。
これであの少年は家族でクリスマスを迎えられる。自分を助けた人物の事を言うかもしれないが、
突き止められる事もないだろう。隣でシギが白い息を吐いていた。

「これ、返す」

ジャケットを脱ごうとすると、

「やるよ。お前のは血まみれだろ」

それも大分汚れたけどいいものだよ、と止められた。


「ありがとう…」


クリスマスプレゼントってことで、と笑い。二人は互いに、自分達のクリスマスをする為に歩き出した。
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