-苑ver-




トリはね何かを運んでくるの





「それじゃあ苑君少し待っててね」


雑然としたオフィスの中。いかにも仕事の出来そうな女性は、苑の渡した茶封筒を受け取り、
書類の森の中に消えていった。苑は彼女を待つ間、所在なげに辺りを見回す。
ただ積み上げているとしか見えない、書類の山の中を人が迷う様子もなく、行き来している。
彼らにはあれで、方程式並に計算された置き方、なのかもしれない。


「苑君」


いつの間に囲んだのか、周りにはずらりと社員が揃っている。

「X'masなのにご苦労様。」

「エライよね〜」

「彼女とか、いいの?」

苑が視線を向けた途端、次々に声を掛けてくる。それだけではなく、餌付けているつもりか、
様々なお菓子も差し出される。苑は有り難く頂きながら、


「彼女なんていないですよ」


と、にこやかに答えた。ここで変な事を言ったら、後で大変な事態になるのは目に見えている。
なにせ、明らかに嬉しそうな女性群の中に混じって、一部男が紛れているような気がする。
が、敢えて気付いていないように振る舞った。

「何サボってるの!さっさと仕事に戻りなさい」

何時までも囲み続ける彼等に、封筒を渡した女性が怒鳴り付ける。
すると、一目散に皆持ち場へと戻っていった。しっかりと苑をいじっていくのは忘れなかったが。

「ごめんなさいね。あの子達には後でキツク言っておくから」

困ったように言う彼女に、いいんですよと首を振った。ココに来たらいつもの事なのだから。


「で、肝心のモノなんだけど、」


彼女は笑うと 

「お疲れ様でしたって、伝えてくれるかしら。確かに受け取りました。って」

「わかりました」

ホッとし、すぐに帰ろうとする苑を、彼女は冷やかすように止めた。

「珍しく新君がいないと思ったら、やっぱり彼女とデート?」

「違いますよ」

「ま、いいけど。これ、よかったら貰って」

差し出したのは、カラフルに色づけられた、一枚の紙だった。


 
 




「移動遊園地…?」


「そう。ペアチケットだから、あなた達にいいかと思ってたのだけど」


行かないかしら?と聞いてくる。今日で終わりらしく、
暇そうな自分達にチケットがまわってきたらしい。普通なら新と一緒に来ていただろうから、
帰りにでも寄って行った。でも今日は、


(逃げたからな…)


どうしようか、と考える。新を喚ぶか、まあ別の人を誘ってもいいし…


「ほんとに貰っていいんですか?」

「もちろんよ。楽しんできてね」

それじゃあ…と、チケットを受け取ると、苑はオフィスを後にした。











「無視してるな…」




歩きながらずっと、新に思念を送っているのに、何の反応もない。遠すぎる訳ではないだろうから、
やはり無視しているのだろう。非難されると、思っているのだろう。


「どうしようかな」

もう苑は入場ゲートに、着いてしまっていた。移動遊園地は、都心からは少し離れた郊外に、
毎年来ているようだった。あまり知られていないのは、内容があまりにも奇抜だからだろう。


「-30°の恐怖の館ってなんだよ…」


組合せればいいって物でもないだろうに…チケットにはそんなおかしなアトラクションが、
いくつか記されている。


「…え?」


チケットからゲートに目を戻した苑は、有り得ないものをみた。ないこともないのだろうが考えつかない。
似合わない。気付かれる前に立ち去らねば…そう思った瞬間、相手はこちらに振り向いた。
 

 
 


 


「…何してる」


それはこっちの台詞だ。あからさまに顔をしかめる相手に、返答出来ないでいると


「一人なのか?誰に言われてここにいる」

次々と尋ねられる。

「コレのチケット貰ったから来たんだよ。」

ヒラヒラと振ってみせる。納得していないような表情のツバメに、他の質問の返答をする。

「一人なのは連絡が付かなかったから。別に一人で入る気もないし、欲しいならあげるけど?」


と、チケットを差し出す。無駄にするよりはいいだろう。本当にツバメが入るなら、だが。
ツバメは暫く苑を見下ろし、考えた後

「…暇なのか」

と呟いた。そしてチケットごと苑の手を取ると、ゲートの中へと進んで行った。

「何すんの!離せ」

あまりの行動に呆気にとられていた苑は、我にかえると急いで腕を振りほどいた。
ツバメは不思議そうに見ると

「用事でもあるのか」

と聞いてくる。それ以前の問題ではないのか、と思いつつ、苑は正直に答えていた。

「別にないけど…」

「なら付き合え」

そんなに遊びたかったのか…まさかそんな筈はないと苑は聞いた。

「あんたは何しにここに来たんだ?」

ツバメは歩みを止めず、一枚の写真を手渡した。中にはぬいぐるみに囲まれた少女が写っていた。
表情は明るい。まさか妹ではあるまい。

「これは?」

「今回の任務。ソレの保護」

任務?なら、なぜ自分を付き合わせるのか。第一シギはなぜいないんだ?

苑の疑問に気付いたのか、ツバメは自分から口を開いた。

「今回は時間がなかった。それにコレを探しているのは、俺達だけではない」

手段を選ばない奴らだと付け加える。

「別に一人でいいんじゃないの」

写真を返しながら言う

「俺が子供に好かれると思うか」



思わない。



つい即答しそうになり慌てて口をつぐむ。よほど時間がなかったのが良くわかった。

「でもどうやって探すのさ?」

大体本当にここにいるのか。組織の情報を疑う訳ではないが、余りの広さに途方にくれる。

「とりあえず一回りして、全体を把握する」

「結構広いよ」

「知っている」

園内マップを投げてよこすと、どんどん先に歩き出した。しかたなく苑も後に続く。
こうなったのも新のせいだ、と思いつつ、奇妙な遊園地の中を探し歩くのだった。










「ひ、広すぎる…」



良くいえば複雑、悪くいえば出鱈目に配置されたアトラクションのお陰で、
思った以上に歩き回っていた。
これじゃあ近くにいても見つからない。ベンチに座り込み、
地図を見ながら溜息混じりに呟く。


「迷子放送でもかけようか…」

「敵に居場所が知られるだろうな」


言ってみただけなのに…

「なんで待ち合わせ場所とか決めてないのさ」

「相手はこっちを知らないから」

しょうがない、と呟く。

「知らないっておかしくない?」

「父親からの依頼だから子供は知らない。」

「親も保護してんの?」

「…死んだよ。殺されたって方が正しいかな。」

そう言うと、再び捜索を開始する。人の波に目をやりながら、

「ここで待ち合わせてたんだって。一緒に逃げる為にね」


出来なかったけど。と語った。子供だけでもと、この移動遊園地を教え、息絶えたらしい。
その時就いていた羽根は、間に合わず折られたと、語った。


「…なんて言ったっけその子」

「小夜」

「小夜ちゃんは知らないんだよな」

たぶんな…と振り返らずに言う。

「いた」

 
 


 

急に動いたかと思うと、人の波に向かって進んで行く。その方向に苑も目的の人物を見た。
小夜ちゃん!慌てて後を追う。追い付くとツバメが小夜を人の波から離した所だった。
小夜は思い切り怪しんでいる。苑は息を整えると、目線を合わせ話し掛けた。


「えっと、小夜ちゃんだよね?」


出来るかぎり優しく言う。ちょっとしたことで、逃げ出してしまいそうだ。
なにせ明らかにツバメを怖がっている。


「僕はトキ。こっちのはツバメ。僕たちは小夜ちゃんのお父さんに頼まれて、迎えにきたんだ」

「お父さん?」


言葉に反応し緊張が解れる。


「どこにいるの?」

「それは…」

「研究所だ」


本当の事を言うべきか、言葉に詰まっているとツバメが口を開いた。


「お仕事なの?」

悲しそうに聞く

「そう、だから僕たちと一緒に帰ろう」

「嫌」


「抵抗しても無駄だよ」


誘拐犯かよ、と思うような言葉に怯えたように、苑の後ろに身を隠す。


「お父さん来るもん。だからそれまで遊んで待ってるんだもん」


そう言ってたんだもん…としがみつく。苑は困ったようにツバメを見た。
いくら待っても来れるはずがない。それが分かっていても何も言えなかった。


「ツバメ。あのさ…」

「…閉園まで。目は離すな」


自分は関与しないとばかりに告げる。思いの外早く見つかったからだろうか、時間をくれた。


「じゃあ、お兄ちゃんと一緒に遊ぼう」

どこがいい?と手を差し出す。小夜は一生懸命握り返すと



「お化け屋敷」



と嬉しそうに言った。












「…真っ青だね」



お化け屋敷から出て来た苑に、ツバメは感想を述べた。


「…寒い上にグロい」


気分の悪そうな苑に比べ、小夜は楽しかったようだ、もう一度入りたそうにしている。


「どんなだったの」


「幽霊とか動くときに氷柱から水垂らしてて、絵の具とか混ざってでろでろしてるし、

人形とかぬいぐるみとかボロボロで雪に埋もれてるし、雪も白くない」


壊れかけ…整備しているのだろうかといった有様らしい。まだ回復しない苑を気遣わず

「次行くらしいよ」

と促す。急ぎ手を繋ぎ駆けていく二人に、ツバメはゆっくりとついていく。子供は元気で可愛い。
だが次々に興味の対象が変わり、ついて行くだけで息が切れる。若くない、とつい思ってしまう。

何個回ったか、苑は限界だった。
 
 



 

「小夜ちゃんちょっと休憩」

「は〜い」


大人しく隣に座る。元気が有り余っているのか、足をぶらぶらさせている。
ぼんやり小夜を眺めていると、目の前に差し出されるモノがあった。


「…え。コレって」

「アイスだ〜」


見えなくなったと思ったら…こんなものを買っていたのか。
小夜はさっさと受け取ると美味しそうに食べ始めた。




「…ありがとう」



差し出されたままのアイスを受け取ると、ツバメは離れたところに座った。走り回って、
かなり熱くなっていた。ひんやりとする舌触りがうれしい。
だが、思いもよらないツバメの行動に動揺する。


「おいしいね」

「そうだね」


小夜はストロベリーのアイスだ。自分のはチョコ味。好みとか考えて買ったのだろうか…想像すると怖い。


「お兄ちゃん達は恋人どうしなの?」

「なんで?!」


思いがけない言葉に吹き出してしまった。慌てて口をぬぐう。


「違うの?」

「違うよ。第一男同士なんだけどな」

「今はそんなの関係ないんだって」


お父さんが言ってた。とませた口をきく。どんな教育してるんだ。苑は開いた口が塞がらなかった。


「お父さんはね、いろんなこと教えてくれたんだよ」

「どんなこと?」

「えっとね。あのお兄ちゃんの名前は鳥さんの名前でしょ」


嬉しそうに話し出す。父親から教わった事を話せるのが嬉しいのだ。生き生きとした表情をしている。





「トリはね何かを運んでくるの」




「何か?」


「そう。青い鳥は幸せ、コウノトリは赤ちゃん。」


「ツバメは?」


「春」


なるほど…と苑は思った。うれしいものを運んできてくれる。
トキは何だろうとも思ったが、教えていない可能性の方が高い。
苑は食べ終わるのを待って、立ち上がり手を差し出した。


「他の動物とかは?」

「猫さんはなんでも知っていて、ウサギさんは秘密があるの」

「秘密?」

「そう。だからいつもビクビクしてるの」


なるほど、感心しているとツバメが前を塞いだ。




「客みたいだよ」



前には人相の悪い男達が道を塞いでいた。
 
 



 
 
 
 
 

「探しものは見つかったみたいですね」


一見普通のサラリーマンのような男が前に出た。


「なんのことだ」

「しらばっくれますか。まあいいでしょう」


男が手を上げると後ろから、アタッシュケースを持った男が現れた。



「ここに三千万あります。これであなた方の見つけたものを、売ってくださいませんか」



「ふざけんな。小夜は物じゃない」



男は苑の言葉に笑うと


「小夜?ああ博士の娘ですか。ガキなどどうでもいい。ガキが持っている物がいるんですよ」


なんのことだか解らず、ツバメを見る。明らかに面倒そうな顔をしながら、ツバメは話し出した。


「小夜の父親が開発し、持ち出した化学物質を探しているんだよ」

「そう。一定時間だけ作用させる事の出来る大発明」

「使い方次第で薬にも兵器にもなる」


だから渡すわけにはいかないと、ツバメは小夜を遠ざける。



「抵抗しますか。なら博士のように殺して差し上げますよ」



男の言葉に小夜が凍り付く。聞かせたくなかった。怒りが沸き上がる。
叩きのめそうとする苑を、押し止めツバメは言った。


「ここは任せていいよ。安全な所へ」

一人じゃないんだからと、小夜を押し付け念を押す。

「ある場所、もう分かっているな」

苑は黙って頷くと小夜を連れて駆け出した。

「逃がすな!追え」

後を追おうとする男達の前に立ち塞がると、ツバメは冷ややかに言い放った。



「行かせないよ」











目的地につくと苑は、小夜に話し掛けようとした。


「小夜ちゃん…」

「やっぱり来れないんだね」


必死に笑顔を作ろうとする。その様子が苦しくて、苑は小夜をしっかりと抱きしめた。





「知ってた気がする。でも、だからここで待ってたの」





約束だったから、話す声は泣いていた。





「お兄ちゃん達にあげるね。遊んでくれてありがとう…トキお兄ちゃんもツバメお兄ちゃんも、

大好きだよ。」




小夜の声がいつまでも残っている気がする…苑は雪の中からぬいぐるみを拾い上げると、
そばにあったかつて“小夜だったもの”に語りかけた。







「ちゃんと…受け取ったよ」







外に出るとツバメがすでに待っていた。苑は黙ってぬいぐるみを渡す。


「小夜のこと知ってた?」


何も言わないのは肯定なのだろう。


「去年からずっと一人で待ってだったんだ」

どんなに恐くて寂しかっただろう…約束を守りたくて、ここにずっと隠れて。

「最後は一人じゃなかった」

「うん。間に合ってよかった」

「今日しかなかったからな」

「どうして?」


ツバメはぬいぐるみの中から、化学物質の入った容器をとりだし、教えてくれた。
この保存容器でも一年しかもたないのだと。そして博士はこれ一つしかサンプルを残さなかった。

「皆、必死だったんだ」


自分の為、世界の為、大切な人の為ここに集まって来た。

小夜が実体を持てたのも、強い思いがあったからかもしれない。

 
 
  


 
 
 
 
  
 
 

 

「クリスマスの奇跡…かな」


願わくば小夜に幸せが届きますように…二人は静かにその場を後にしたのだった

 




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